高北謙一郎の「物語の種」

読み物としてお楽しみいただけるブログを目指して日々更新中。

アルバイト

昨日バイトでもやろうかなぁ、とか記事にしたら、昔やっていたアルバイトのこととか、色々と思い出した。

 

私が初めてアルバイトをしたのは、高校生の時の郵便配達だ。年末年始の年賀状配達。わりと定番である。

 

今でも覚えているのが、初日の苛酷さだ。

 

当時、過保護な親に育てられた世間知らずの私は、なんでもお膳立てがなければ動けないような、ヤワな子どもだった。

 

そんな私に、職員は言った。「はい、これ配達してきて」と。

 

渡されたのは大量の郵便物と1枚の地図。

 

えっと…。

 

なんでもお膳立てがなければ動けないようなヤワな子どもだった私にとって、まったく予期せぬ展開だった。初日は誰か一緒に回って、注意点とか諸々の説明があるものと思っていたからだ。

 

困惑しつつも、地図を眺める。

 

場所が分からない…。

 

そう、地元とはいえ、そこはこれまでほとんど足を踏み入れたことのない地域だった。どこを起点にしてどこからスタートすれば良いか、まるで分からない。

 

しかし、周りを見るとすでに皆、さっさとチャリンコにまたがって配達に向かっている。

 

え、どうしたら良いの?

 

途方に暮れつつも、仕方がないので私も郵便局をあとにした。とはいえ…

 

 

スタート地点が分からないのだから当然といえば当然なのだが、あっという間に迷子になった。

 

そこは、もともと田舎ぐらしの私からしても、ド田舎と呼べるほどの僻地。目印を見つけようにも周りは田んぼばかり。おまけに道はアスファルトではなく、完全な畦道。むかるんだ泥にタイヤがとられて進めない。

 

チャリンコをおりて、トボトボ歩く。そんな私に追い討ちをかけるように、なんと雪が降り始める。

 

想像してもらいたい。初めてのアルバイト、その初日。何をして良いのかも分からずすでに2時間以上も道に迷い、挙げ句に雪に降られてしまった時のその心細さ。

マジ、泣くかと思った。

 

 

そして、悲劇はそれだけでは終わらない。

 

 

何だかんだでさ迷うこと4時間。私はついに配達すべき家を見つけた。そう思った。「中村さん」。イチバン上にあったハガキを取り出して、家の表札下にある投函口に放り込む。ふう、やっとひとつ。次は…

 

「中村さん」

 

 

…ん?

 

さっきも中村さんだったよな?

 

地図を見る。最初の1軒しか中村さんの表記はない。しかし、どうもこのふたつの「中村さん」は別の「中村さん」らしい。番地の最後がビミョーに違う。

 

「隣も中村さん?」

 

しかし、番地が違うといっても、そもそも最初の「中村さん」の表札には番地まで書かれていない…

 

あれ?

 

不吉な予感がした。

 

ハガキの束をめくってみる。

「中村さん」…まただ。

よく分からない。ちょっと次の「中村さん」の家も覗いてみよう。

 

表札はあった。

 

しかし、番地はない。

 

いやいや、番地が分からないとちょっと無造作にハガキも投函できない。更に隣も覗いてみる。せめて番地だけでも…。

 

「中村さん…」

 

え? 3軒連続? そんなことアリ?

 

そしてまた、番地はない。

 

 

こうなりゃ自棄だ。次も覗いてみる。

 

「中村さん」

 

おいおい。じゃ、隣は?

 

「中村さん」

 

もはやイジメだろ、これ。

 

けっきょく8軒、「中村さん」だった。

 

そのすべてが名字だけ。番地はない。

ただ「中村さん」…。

 

 

人生で、これほど「中村さん」と深くかかわったことはなかった。

 

田んぼに囲まれた一軒家だ。古い日本家屋である。インターフォンなどというものもない。玄関には鍵もない。ガラガラ開ける。「ごめんください!」

 

誰もいない。また隣に戻る。

「ごめんください!」

 

やはり、誰も応える者はいない。

 

次も、その次も、誰もいない。

ゴーストタウン中村。

 

そうこうしているうちに、雪は激しさを増し、あたりも薄暗くなってきた。

 

え、まだ1通しか配ってない…。

 

 

しかし、そろそろ郵便局に戻る時間だ。

 

最後の最後、畦道の向こうから歩いてくるお婆さん。「すいませーん!」

 

ようやく見つけた動く人間に、私は安堵した。そして訊いた。この「中村さん」の波状攻撃は何なのだと。

 

結果、この辺いったい、親族が土地を持っている、とのことが分かった。「ワシがもらっといてやるよ」のひと言で、残りの2通が手元からなくなった。計3通。

 

これが私の郵便配達初日の成果である。

 

「申し訳ありません」

局に戻ってすぐに謝る。

「あらら、ぜんぜん配れなかったねえ。大丈夫、これから僕が配ってくるから」

優しい配達員のオジサマ。

 

しかし、ここで言っておきたい。

 

「なら、最初から付き添ってくれれば良いじゃん」と。

 

 

まぁ、その後は要領も分かり最後は誰よりも速く配り終わるほどの成長をみせた私だが、この時のことは忘れることができない。

 

 

…エライ長文になっちまった。ただの思い出ばなしだったのだが…。

 

最後までおつきあいくださった皆さま。

 

お疲れさまでした!