高北謙一郎の「物語の種」

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砂不足

現在、世界中で砂が不足しているらしい。と、相変わらず私の興味を惹くのはそんなニュースばかりなのだが、実際、足りないものは足りないらしい。

 

「砂」が大金に変わる?希少化する「砂」の今(下村靖樹) - 個人 - Yahoo!ニュース

 

 

そもそも、砂が足りていないといって、いったい何が困るのか? 

 

砂の用途は様々で、埋め立てに使うこともあればコンクリートアスファルトに使うこともある。とのこと。

 

 

もうずっと言われ続けている砂漠化の問題からすると意外だが、厄介なことに砂漠の砂は細かすぎて埋め立てにもコンクリートにも使えないらしい。

 

つまり、使える砂は不足しており、使えない砂ばかりが増大していると。

 

そして、そんな使える砂の濫獲が、新たな問題を呼ぶ。河川の氾濫や山間部での土砂崩れなどだ。

 

ホント、何だかんだで自然界とは絶妙なバランスで成り立っているものだと思う。

 

 

ところで、私にとって「砂」といえば、安部公房氏と植田正治氏だ。

 

小説家の安部公房氏は、やはり代表作の「砂の女」の印象が強い。

 

 

砂の女 (新潮文庫)

砂の女 (新潮文庫)

 

 

蟻地獄めいた砂丘の地下に暮らす女と、そこに落ちた男の奇妙な同居生活。およそ生命感のない砂が、あの作品ほど艶かしく生き生きと描かれている小説を、私は他に知らない。おまけに、時には無機質さを際立たせたりもするのだ。まさに変幻自在。安部公房、天才! と、思った作品である。

 

 

そしてもうひとかたは、写真家の植田正治氏。鳥取砂丘での作品が有名。

 

植田正治作品集

植田正治作品集

 
砂丘 La Mode

砂丘 La Mode

 

 

以前に写真展に伺ったことがあるが、シュルレアリスム的な雰囲気が大好きだった。

 

まさに砂に魅せられた写真家で、体の弱った晩年は砂を自宅に持ち込んでまで撮影したらしい。撮影隊を組んで砂丘で楽しそうに撮影していたドキュメント映像が、個人的には忘れられない。

 

 

…砂が不足しているらしい。とのニュースを目にした時、すぐにふたりのことが思い出された。砂がなければ、彼らのあの作品は生まれなかった。自然界と同じだ。人間の運命もまた、絶妙なバランスで成り立っている。

 

 

スゲー真面目に書いちまったな、今日は。

 

 

とりあえず砂の問題については、砂漠の砂を何とかできないものかと思う。何でもそうだと思うが、世の中で有り余っているものなんてそうあるもんじゃない。

もしも私が砂漠の砂を有効に活用できるアイディアを思いついたら、「砂漠王」と呼ばれる億万長者になってしまう可能性も、ないわけじゃない。ロマンである。