ピエロ
昨日、大道芸フェスティバルのことに触れた流れから、今日はピエロのお話。
安易ではある。
しかし、不思議な体験でもある。
ちょっとコワイ話でもある。
ずっとむかし、5、6歳のころだったと思う。
母親と電車に乗っていた時、窓の外にピエロの姿を目撃した。
くもり空。寒い時期だった。広大なすすき野原のただ中に、ポツンとひとり、風船を手にしたピエロが立っていた。
走り去っていく電車の中から、私はそのピエロをジッと見ていた。
その時の映像はとても印象に残っていて、まだ、うす茶色のすすき野原と鮮やかなピエロの衣装とのコントラストや、ゆらゆら揺れる風船や、すれ違い様にピエロと視線が交わったことを、まざまざと思い出すことができる。
あれは何だったのか?
私は、隣に立つ母親に言った。
「今、ピエロがいたよ」
しかし母親は、そんなものは見えなかったと言う。まぁ本を読んでいた母親が外の景色を見ていなかったのは、その時の私でも理解していた。だから見てないと言われても別に不思議ではない。
とはいえ、やはり私は見たのだ。
以来、私にとってピエロは特別な存在となった。
実は後年、ふたたびピエロを目撃したことがある。高校生のころだ。
ある晴れた日の早朝、私は自転車に乗っていた。国道沿いの道をひとつ隔てた細い道だった。道の左右には木々が生い茂っていた。その木々の向こう側にゴルフ場があった。
朝靄に、幾筋もの陽射し。と、そこにあのピエロがいた。あの時と同じピエロだ。十数年ぶりの再会。今度もまた、ピエロは手に風船を持ち、静かに私を見つめていた。
あれからもう、ピエロには会っていない。
サーカスなどで目にすることはあるが、あの時のピエロとは違う。どうしてだかそれは確信できる。逆にいえば、もう一度あのピエロと出会ったなら、私は確実に分かるはずだ。
そして私には、いずれもう一度あのピエロと出会う予感がある。いつになるかは分からないが、おそらく人生の最終盤、そろそろ自分の死を間近に感じ始めるころ、あのピエロとは再会するだろうと、そんな確信めいた予感がある。
私はその時、ピエロと言葉を交わすことが出来るだろうか?
高校生の時の再会後、どうして自分はあの場で自転車を降りて声を掛けなかったのかと、何度か後悔した。
もちろんその時は恐怖が勝っていて、逃げ出すようにペダルを漕ぐよりなかったのだが、あとになってみれば、あの時なんらかのアプローチを私の方からすべきだったのかもしれないと、そんなふうに考えたりもする。
ピエロは何らかのメッセージを私に伝えるために、私の前に現れたのかもしれない。そのために、これまで2度、私に姿を見せたのかもしれない。
ならば最後の出逢いに際し、私はピエロから逃げ出さぬよう、心の準備をしておく必要がある。そして私はピエロからのメッセージに耳を傾けたい。
恐ろしくもあり、楽しみでもある。
私の生涯はぜんぶ冗談でしたと、そう笑い飛ばされるのかもしれない。
ピエロはそう言って、慰めにひとつ、風船をくれるのかもしれない。
願わくは、私もそれを、笑い飛ばせる度量が欲しいものである。