高北謙一郎の「物語の種」

読み物としてお楽しみいただけるブログを目指して日々更新中。

雨とダムと魚人

昨日は広い範囲でそうとうな雨が降ったみたいだが、皆さまは大丈夫でしたでしょうか?

 

と、慣れない言葉づかいをしちまってヘンな始まりかたになってしまったが、何はともあれよく降った。

 

私の地元さいたま市でも、どしゃ降りの雨。正直あそこまで降られちまうともうウンザリ。ちょっと降りすぎ。

 

 

どうして雨は嫌われるのか、ふと考えてみた。たぶん楽しいことがないからだ。おとなになると、どしゃ降りの中で走り回ったりとか、できないもんね。傘を持ったまま歌って踊るとか、やったら楽しそうだけどたぶん捕まる。そんな楽しみを見いだせないことが、雨をツマラナイ印象にしているのではないだろうか。

 

ホントかよ?

 

 

 

話は変わるが、降水量が例年の半分以下という日が続いたため、どこかのダムに沈んでいた町が姿を表した、なんてニュースを耳にした。ごく最近の話だ。

 

ダムの底に沈んだ町。

 

 

美しい日本のダム?日本ダム協会写真コンテストの歩み?

美しい日本のダム?日本ダム協会写真コンテストの歩み?

 

 

 

それだけでどこかミステリアスな空気を感じる。廃墟や廃村に惹かれるのと同じだ。しかもこちらは、普段は絶対に見ることのできない町だ。興味深い。

 

 

むかしから、よく夢に見る。

 

水位が下がってダムの底に沈んだ町が現れた時、かつての住民たちに代わって暮らすようになった魚人もまた、姿をあらわすのだ。

ヘリコプターからの中継だ。私はニュースでそれを見ている。つまりは、テレビカメラを通して町を俯瞰しているわけだ。そんな時、乾きかけた泥にまみれた建物の窓から、こちらを見上げて何かを叫ぶ魚人…

 

そう、何回かこんな夢を見ているからか、ダムの底に沈んだ町、というニュースがあると、ついチェックしてしまう。

 

 

そして昨日のどしゃ降りの雨。

私の頭の中には、剥き出しになったダムの底の町で、空を仰いで歓喜の声をあげる魚人の姿が、まざまざと見えたのだった。

 

 

 

…けっきょく何のハナシがしたかったのか…たぶん、オチはない。最初から。ただ、どしゃ降りの雨とダムの底に沈んだ町のニュースが重なって、そんな妄想が膨らんだとさと、そんなハナシをしたかっただけだ。

 

皆さま、お疲れさまでした。